自由過ぎる時代だからこそ重要になってくる「矢面に立つ勇気」と「ちょうどいい重し」のお話。

今朝こんなツイートをしてみました。

関連記事:矢面に立つ勇気。 | 隠居系男子

ヒラクさんとのリプライのやりとりも。


「自由過ぎることの辛さ」を主張するひとたちが増えてきた。

最近、少しずつですが「自由過ぎることの辛さ」を訴えるひとたちが増えてきた印象です。

先日の大阪デジハリイベントでも、上記のヒラクさんとのやりとりに近い話をさせてもらったのですが、この話が一番刺さっていた気がします。

また、1年半前に書いたこのブログも徐々に理解してもらえる機会も増えてきました。

自分にとって「ちょうどいい重し」とは何なのか?

きっと、これからの僕らの課題は自由すぎるがゆえの「ちょうどいい重し」探しということなのかもしれません。

じゃあ、どうやったらソレを見つけることができるのか?

僕にもまだサッパリわかりません。

僕個人としては、他人の居場所づくりに躍起になっていたら、自分にとっての居場所や「矢面に立つ勇気」が自然と定まっていたという感覚です。

参照:ファンづくりよりも、コミュニティづくりが向いているひと。 | 隠居系男子

最後に

ただ、もし今このタイミングで一つだけ仮説をあげておくとすれば、他者が目指す基準や他者からの評価に逃げないこと、それがとっても大切なことのような気がしています。

どれだけ辛くても、自分の納得感を第一優先していく。

参照:自分の納得感を一番大切にしているひとを応援したい。 | 隠居系男子

全くまとまらない内容でしたが、今日のお話がいつもこのブログを読んでくださっている方々にとっても何かしらの参考になれば幸いです。

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