昨日、こんなツイートをしてみました。
最近よく思うのだけれど、一昔前に比べて、巷で話題の飲食物ってどれもすべからく”過剰に”美味しすぎる気がしていて。昔は当たり外れも多かったけれど、今はどれも過剰に美味しい。例えるならドンドン品種改良されて、やたら大きて甘いイチゴみたいな印象。一口目の驚きに、命をかけているような感じ。
— 鳥井 弘文 (@hirofumi21) 2019年7月2日
実際、過剰に美味しいわけだからドンドン話題になり、人気になっていくんだけど、最後まで食べると胸焼けしたり、食べ続けると中毒のような感覚になったりして、なんだかその過剰さが健やかじゃない気がしていて…。これは食に限らず、今はあらゆるモノがそういう過剰な満足度を提供してくるから怖い。
— 鳥井 弘文 (@hirofumi21) 2019年7月2日
だから最近は「あれ…?」とか「えっ…?これが?」みたいな一口目ではすぐにはわからない味で、こっちが探しにいかないとわからない"探す余白”みたいなものがある食べ物のほうが好き。その探す余白を埋める作業が一番楽しいし、「あー、なるほど!そういうことか!」っていう気づきが一番満足感ある。
— 鳥井 弘文 (@hirofumi21) 2019年7月2日