理想のライフスタイルをカタログ化することへの違和感と、その正体。

先週末、「暮らしかたという病〜エネルギー・都市/ローカル・発酵〜」というイベントに参加してきました。

ヒラクさんが自身のブログで書かれていた下記の記事を読んでみて、絶対にいかなければと思い、すぐに申し込みました。

参照:暮らしかたという病。シアーズカタログに見る、暮らしをカタログ化する欲望 | hirakuogura.com

結果、本当に行ってよかったです。

今日は、このイベントに参加してみて自分なりに考えたことを少しだけ書き残しておきたいと思います。

「これからの暮らしかた 〜Off-Grid Life」という展示がどんな目的で行われたのか?

さて、本イベントが開催された経緯は、上記のヒラクさんのブログを読んでみてください。

ここでは簡単に主題だけをご紹介しておくと、「渋谷ヒカリエで開催されていた『これからの暮らしかた 〜Off-Grid Life』という展示が、どんな目的で行われたのか?」ということが主題でした。

参照:これからの暮らしかた –Off-Grid Life– | D&DEPARTMENT

僕はその理由を聞きながら、終始モヤモヤしてしまいました。

なぜか?

この展示が、従来の広告モデルを採用していたからです。

具体的に言うと…

オフグリッド生活を世の中に広めたい。

「(広義の)オフグリッド生活をしている日本全国のイケてる人たちを集めて、カタログ化しよう。」

そのライフスタイルに憧れてもらって、大衆がオフグリッド生活に変化していけば嬉しい。

かなり簡略化すれば、そんな目的のもと開催された企画展示だったようです。

なぜ従来の広告モデル(カタログ化)に、モヤモヤしてしまうのか?

では、なぜこの従来の広告モデル(カタログ化)に、モヤモヤしてしまうのか?

それはきっと、カタログ化しても結局“側”だけをマネして終わってしまうから。

参照:「暮らし」に関する論争をみていて思うこと。 | 隠居系男子

今まさに、従来の広告のあり方が通用しなくなってきてる理由もここにあるのだと思います。

もちろん、この時代において「オフグリッド生活」を目指すことは、間違いなく次の目指すべきライフスタイルのひとつだと思います。

「そんなオフグリッドな暮らしが、どれだけ素晴らしいものなのか。」それを啓蒙すること自体は、決して間違っていないとは思います。

しかし、この「オフグリッド」という価値観が古くなってしまったら(イケてなくなってしまったら)、その揺り戻しや、カウンターカルチャーが現れてしまう。

そして、また不要な消費が繰り返されてしまいます。

大切なことは、各人が自分の頭で考えて、いま在るべき状態にそれぞれが自分の力で到達すること。

だからこそ、本当に大切なことは、各人が自分の頭で考えて、いま在るべき状態にそれぞれが自分の力で到達できるようにすることだと思います。

そこにたどり着くまでの過程を共有して、追体験してもらって、思考過程も含めて腹落ちしてもらわない限りは、本当の意味での啓蒙にはつながらない。

でなければ、従来の中央集権型モデルと何も変わらないのだと思います。

最後に

「じゃあ、自分の頭で考えてもらうためにはどうすればいいのか?」

ヒラクさんもイベント中に語っていましたが、それはさっぱりわかりません。

もちろん、僕もさっぱりわからない。

ただ、もしヒントがあるのだとすれば、以前書いた「魚の釣り方のその先」なのかなと。

参照:「魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えよ」のその先へ。 | 隠居系男子

「これからの暮らしを考える」という看板を掲げて「灯台もと暮らし」というウェブメディアを運営している身として、まさに自分たちに突きつけられている課題のようでした。

今回のイベントに参加して本当によかったです。

とてもいい問いを与えてもらった気がしています。

このブログをいつも読んでくださっている方々にとっても、何かしらの参考になれば幸いです。

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