先週末、こんなツイートをしてみました。
どうしてもひとは「どうやって自分が勝つか?」ばかりを考えてしまいがち。でも本当は「誰を勝たせるか?」の方がきっと重要で。仮に自分が圧勝しても理想の世界は持続できず、栄枯盛衰、諸行無常。それよりも「どんな人を勝たせるか?」のほうが重要で、理想とする世界の実現に繋がるんだと思います。
— 鳥井 弘文 (@hirofumi21) 2019年6月14日
このブログを熱心に読んでくださっている方々にとっては「もう何度目だよ」って話だと思います。
例えば、この記事など。
参照:まわりに勝たせる方法だけを考えれば、うまくいく。 | 隠居系男子
目の前にいるひとを勝たせよう。
また、全く別の文脈でこんなことも書きました。
思うに今の時代の良くないところは、SNSの普及によって広く一般化して考え過ぎることなんじゃないかと思う。いわゆる“論破”する(されない)を目指して、理論武装してしまいがち。学者や研究者でない限り、それは無用の長物で、まずは「私とあなた」の間で実現するための実践者であれ、と僕は思います。
— 鳥井 弘文 (@hirofumi21) 2019年6月16日
広く一般的に通用しそうな方法で、自分も勝ちながら、多くのひともいっぺんに「勝たせよう」とするから、その壁の大きさに絶望してしまうのだと思います。
最初はやる気に満ち溢れていても、そこから一気に絶望してしまうと、その急激な落差ゆえに戦意を喪失してしまう…。
参照:ドキッとさせることは簡単。継続させることがむずかしい。 | 隠居系男子
「私とあなた」の関係性の中に可能性を見出す。
だからこそ、もっともっとシンプルに考えていいと思うんですよね。
世の中は「私とあなた」が一番最初の起点であり、究極的にも「私とあなた」でしかないのだから。
いま目の前にいる「あなた」を救おう。
顔と名前が明確にある「あなた」を勝たせよう。
そう考えるとマザーテレサの「世界平和のために私たちは何をしたらいいですか?」の質問に対する答えって、本当に優れた言葉だなと思います。
絶対に絶望しないで済みますから。
参照:「暮らし」というテーマに人生を賭けることの意味。 | 隠居系男子
最後に
そうやってひとりずつ勝たせていった結果、自分にとって理想とする世界が少しずつ実現していくのだろうなあと。
もちろん、自分ひとりで積み上げたものではないので盤石なものとなっていくでしょう。
やっぱり「急がば回れ」ということなんでしょうね。
ただそうは言っても、ジェットコースターみたいな波乱万丈な人生に憧れてしまうのが、また人間の性なのですが…。
今日のお話がいつもこのブログを読んでくださっている方々にとっても何かしらの参考になったら幸いです。