人間、毎日続けられるのは、愛と呪いだけ。

どうも鳥井(@hirofumi21)です。

このブログでは、「とにかく続けること」、できれば「毎日続けること」その重要性について何度も語ってきました。

参照:僕がブログの秘訣を聞かれても「とにかく続けてください」としか言わない理由。 | 隠居系男子

そんな中、僕が毎日続けている人たちを観察してきた中で、最近強く実感していることがあります。

何の対価を得ることができなかったとしても…

それが題名にもあるように、毎日続けられることは愛と呪いだけであるということ。これはもう確信に近いです。

たとえ金銭的な対価を受け取ることができなかったとしても、誰からの評価も受けることができなかったとしても、人間が毎日淡々と続けられることは、愛と呪いだけ。

もちろん何かを表現する上でも同じことだと思っていて、本当に心から好きなことか、心から憎んでいることしか、人間は表現し続けることができないようになっているんだと思います。

愛の人で覚えられたいのか、呪いの人で覚えられたいのか。

これは、昨日の記事内でも書いた「何をもって覚えられたいのか」という話にも繋がる話で、当然毎日続けていれば、その毎日続けている◯◯の人として覚えられます。

参照:ブログやSNSでネガティブなことも書いたっていい。大切なのは「自分は何をもって覚えられたいのか」ということ。 | 隠居系男子

つまり、自己が愛の人で覚えられたいのか、呪いの人で覚えられたいのか、それは、常に自問自答し続けたほうが良いと思うのです。

最後に

そして最後に、これも真理だよなぁと思うのは、昨日まで愛の人であったはずの人が、一夜にして突然呪いの人に変わる瞬間もあるのだ、ということ。

それこそ愛と呪いというのは、紙一重のものなのでしょう。だからこそ、ダークサイドには落ちないように常に心掛けたいものです。

それでは今日はこの辺で。

ではではー!

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