先週末、岡山県で開催された鳥井弘文と一緒に考える「これからどう生きるか。」というイベントに登壇させていただきました。
参照:【9月29日(土) 岡山県開催】鳥井弘文と一緒に考える「これからどう生きるか。」 | 隠居系男子
テーマが壮大で、開催されるまで僕自身はとっても不安でした。
でも、実際にイベントを終えてみて、参加者のみなさんが満足してくださっている様子をみて、本当に心から安心しました。
今日はこのイベントを通じて思ったことを少しだけ書き残しておこうかなと。
岡山のみなさんが、なぜこのテーマのイベントに参加したいと思ったのか?
僕が当日お話した内容は、いつもこのブログに書いているようなこと。本当にそれ以上でも以下でもありません。
参照:僕がイベントやインタビューでお話する時に大切にしている3つのこと。 | 隠居系男子
一方で、僕がとても気になったのは、「なぜ岡山のみなさんが、このようなテーマのイベントに参加したいと思ったのか?」ということです。
実際に、参加者のおひとりに直接聞いてみました。その答えがものすごく興味深かったんです。
端的に言ってしまえば、「自由に生きていいからこその悩みを抱えているから」ということでした。
これからの時代は、自分らしく生きていい。それはここ数年で納得した。だからこそ、じゃあ次はどうやって生きていこう…?ということを考え始めたから参加したのだと教えてくれました。
暫定解を導き出すためには、常に考え続けなければいけない。
これまでは、「そうは言っても、べき論に従わなければいけないのではないか…?」というひとの方が多かったように思います。
参照:「そうは言っても、こうあるべきだ」という口癖はもうやめた。 | 隠居系男子
だから、こういったイベントでも「自分らしく生きていいことを再確認するため」のものが多かった。
参照:今ある働き方の「常識」なんて、実は近年に当たり前になったものじゃないか──灯台もと暮らしと考える、常識にとらわれない働き方 | サイボウズ式
でも、今はそうじゃないことに段々と理解を深めてきた。
むしろ、そうやって生きるために、常に自分自身で考え続けなければいけないと感じ始めたのだと思います。
参照:自分の納得感を大切にして、暫定的な解を選び取ることができるひとたちが増えてきた。 | 隠居系男子
最後に
このイベントを通じてそんなことに気がついて、やっぱり時代はゆっくりと、でも着実に進んでいくのだなあと感じました。
「これからどう生きるか。」は壮大なテーマではあるけれど、どの地域に暮らしている方々であっても共通していること。
首都圏だけではなく、いろいろな地域で似たようなテーマのイベントが定期的に開催されるといいなあと思いました。
でなければ、自らの頭で考えることを放棄して、宗教のような「絶対の戒律」があるものに傾倒していってしまうから。
参照:多様性を認める社会は、誰も止めてくれない恐ろしさと隣り合わせの社会。 | 隠居系男子
今日のお話がいつもこのブログを読んでくださっているみなさんに何かしらの参考になれば幸いです。
そして最後に、今回のイベントを企画してくださったEVERYDENIMの島田さん、ヒバリ照ラスの鑓屋さん、本当にどうもありがとうございました!
おふたりのおかげでとっても良い経験をすることができました。