どうも鳥井(@hirofumi21)です。
最近気になるフレーズのひとつに、「不断の努力によって、これを保持しなければならない」があります。皆さんもよくご存知のフレーズだと思います。
学生時代、このフレーズの意味するところを深く考えたことはなかったのですが、最近はすごく気になってしまうのです。
今日はなぜ「不断の努力」が大切であり、そしてそれと題名に掲げた「普段の努力」がどう関係するのか、そんなお話を少し書いてみようかなと思います。
時間が経過していく以上、完成形としての“点”なんて存在しない。
僕たちは、何か理想を掲げるときに、一つの完成形としての“点”を目標として掲げがちです。
確かに、その理想に向かって猪突猛進すれば、その理想が叶う瞬間もあるかもしれない。「あの大学に受かりたい!」と願い、実際にその大学に合格した時のように。
でも、それでさえ一瞬で終わっていく。その状態というのは長くは続かないんです。
ゴールと捉えていたものは、すぐに新しいスタートに変化し、入学できたことに浮かれて遊んでいると、5月にはすぐに堕落した生活が待っています。
時間というものは刻一刻と過ぎていき、世の中の変化のスピードも早い。そこに関わる人たちの気持ちだって常に流動的に変化し続けています。
本来、理想として掲げるべきは、“点”ではなく“状態”である。
そう考えると、理想の姿や完成形だと一般的に思われている“点”というものは、一種の幻想でしかないということがわかってきます。
仮に実存したとしても「その点を目指して、そこに到達さえできれば、それでいい!」という目標設定は間違っているというわけです。
本来、理想として掲げるべきは、“点”ではなく“状態”であり、在り方なんです。
絶妙なバランスを保ちながらキープされている状態。浮き沈みがありながらも、その浮き沈みが連綿と繰り返される中で、常に理想の状態を目指し努力し続けている状態。それが本当の意味での理想形や完成形と呼ぶべきものではないでしょうか。
それは何度もこのブログで書いてきたように、「淀みのない川の流れのような」ということにも近いのかもしれません。
だから、“あがり”なんて存在しない。
だから、何か理想的な姿を追い求める以上、“あがり”なんてものは存在しません。
「早々にリタイアして、南の島に移住してのんびり暮らす。」とか、そういったわかりやすい理想であればいいのですが「常に進化し続けたい」と願うのであれば、“あがり”の状態なんてあり得ません。
常に「不断の努力によって、それを保持し続けなければならない」のです。
「普段の努力」が一番大事。
さて、ここからが今日の主題の2つ目なんですが、その努力というのは一気呵成で行えるものではないんです。
完成形が“点”として存在するのであれば、一気呵成でもいいですよ。
先の大学受験の例で言えば、高校3年生の時だけ、365日全く遊ばずに死ぬ気で勉強するとかもアリだと思います。
ただ、その状態を常にキープすることが不可能だったら、そこに大した意味はない。それをやめてしまった瞬間、また堕落した生活が待っているだけですからね。
息を止めた状態でしかできない努力であれば、長続きなんてするわけがないじゃないですか。
だからこそ、不断の努力によって保持し続けるためには「普段の努力」が何よりも重要になってくる。
「淡々と生きる」ということ。連綿とした暮らしの中で、その状態をいかにキープし続けるのか。
そのために「何気ない不断の努力」が一番大事なんだと思います。
それは、下記の記事内で紹介した腸内細菌の理想的なバランスの話にも近い話でしょう。
最後に
「足るを知る」という言葉。
2011年の3月11日以降、よく耳にするようになった言葉です。でも、ぼくは正直この言葉が苦手でした。
だって、向上心がない感じがするじゃないですか。「現状を受け入れて、それを幸せに思え。」なんて僕には耐えられません。
一歩でもいいからもっと高みを目指したい、そう思ってしまっていました。
ただ、目指すべきは“到達点”ではなく、“状態”なんだということに気が付いた時、この「足るを知る」という言葉の真意も理解できるようになった気がするのです。
どんな状況下であっても、自分(たち)が理想とする状態にあること、あろうとすること、それを不断の努力によって保持しつづけようとすること。それこそが完成形であり、完全な姿なんです。
そう思えば、「足るを知る」ということもよく理解できる。その状態にあることさえ確信できれば、周りの環境なんて一切関係ないですからね。
前にヒビノケイコさんがブログで書いていた、「気高く飢えろ」という言葉の意味にも近いのかもしれません。
参照:「積極的に仮面はかぶる」ハレとケの空間で、不自由と自由をつなぐ装置 : ヒビノケイコの日々。人生は自分でデザインする。
そんなことを考える今日このごろです。
それでは今日はこの辺で。
ではではー。