近頃、多様性を認める社会へとドンドン変化してきています。
まだまだマスメディアを中心とした世界では同調圧力が強い事例が散見されますが、それでも他者が自分と異なる価値観を持っていても受け入れるという人は着実に増えてきています。
参照:違いとか多様性って、コストがかかると思いませんか──? 東京大学准教授・中原淳さん×株式会社Wasei代表取締役・鳥井弘文さん | サイボウズ式
誰かが自分とは違う価値観に従って動いていても、決して止めたりはしません。
むしろ、そんな時ほど社交性を大切にして、笑顔で接している。そんな人も多いのではないでしょうか?
協調性を捨て去り、社交性を身につけて、それでも僕らは生きていく。 | 隠居系男子
実際ぼくも、「それは違うんじゃない…?」と思ったことであっても、本人が選び取った決断であれば、一切口を出さずに本人の意志を尊重するようになりました。
相手と対話しているときは、あくまで事実と自分の見立てを伝えることだけに留めています。絶対に相手を説得しようとしたりはしない。
もし仮に、それで相手が道を逸脱してしまったとしても、あとは見守り続けるしかありません。
参照:ダークサイドに落ちてしまった友人と付き合うときに心掛けていること。 | 隠居系男子
「問いを立てる力」の重要性。
だからこそ、常に、自分の中にしっかりと軸を持っていなくちゃいけないなと強く思います。
いついかなるときでも、自己点検ができるように。
それはつまり、自分の中で「問いを立てる力」を身につけるということと同義なのだと思います。
常に自分の在り方を問い続け、自分の力で調整していかなければいけない。
これからは、そうやって自問自答を繰り返すことができるかどうかが、生きる上で重要になってくるのでしょう。
宗教的な何かに飲み込まれないように。
その力を身につけることを怠った人は、きっと宗教的な何かに飲み込まれていくことになるはずです。
宗教って、答えのない時代の生きる指針となるものですから。
「◯◯は、◯◯なんだ」
そんな絶対的な教えの前では、思考停止でも一向に構わない。これほどラクなことはありません。
このまま進むと、宗教的なものがドンドン台頭してくることは間違いないでしょう。
その時に、自分の軸をしっかりと持っていなければすぐに飲み込まれてしまう…。
だからこそ、各人、自分を信じてしっかりと粘って欲しいと強く願います。
参照:粘れ。 | 隠居系男子
最後に
そんなことを北海道の雪道を歩きながら考えていました。これから東京に帰ります。
いつもこのブログを読んでくださっている方々の何かしらの参考になれば幸いです。