どうも鳥井(@hirofumi21)です。
このブログでは「自分が本当に好きだと思えるものに取り組む重要性」について繰り返し書いてきました。
時代の流れもあり、この1年で自分の好きなことに取り組み始めた人もかなり増えてきたと思います。副業としてその一歩踏み出したり本業に鞍替えしたりと、そのカタチも様々です。
さて、そうやって自分の好きなことを始めた人々を見ていると「真剣に取り組んでいて素敵だなぁ」と思わされる時もあれば、ただ好き勝手やっていて「なんかアレは違う…」と疑問に感じてしまう時もしばしば…。
果たしてその違いはどこから生まれてくるのでしょうか。今日はそんな事について少し考えてみようと思います。
「好きなことをやった結果、何を伝えられるかを常に意識すること。」
昨日の「新しい時代を切り開くとき、同業者からの批判は勲章になる。」という記事の中でもご紹介した『ミニコミ2.0 ミニ・コミュニケーションとメディアの行方』という本。この中で東浩紀さんが、とても的を射た指摘をしていたので少しご紹介してみます。
ミニコミが好きなことを好きなふうにやるというのは、本当は「好きなことをすきなふうにやった結果、世界を変える」という理想のためであって、好きなことを好きなふうにやることが自己目的化してしまっては残念です。
大事なのは、好きなことをやった結果、何を伝えられるかを常に意識すること。
ただ自己満足でやる人たちも増えてきているというのが正直な印象なので、「ミニコミ2.0」状況を考えるときには、この2つの方向──自己満足が目的なのか、それとも好きなことを突き詰めることの果てに何か新しい思想なり文学なりを見据えようとしているのかを、担い手自身も厳しく仕分けるしかないと思う。
振り切った先に、新しい価値観を見出すことができるかどうか。
以前僕は「中央線沿線のサブカル文化があまり好きではない。」と書いたことがあります。
参照:僕が「東京右半分」を面白くて、つまらないと思う理由。 | 隠居系男子
その理由は、どうしても彼らのやっていることが“自己満足”にしか見えなかったからです。
逆に、以下の記事で紹介した経営者の方たちの「好き嫌い」は、憧れるかどうかは別にしても非常に納得感があります。
参照:柳井正「規模が小さければ、趣味ですよ。」振り切ることの重要性。 | 隠居系男子
特に、記事内で取り上げているUNIQLOの柳井正さんの場合は、自分の好きを貫いた先に新しい価値観を見出すんだという確固たる決意が見て取れるので、その「好き嫌い」は純粋に尊敬してしまいます。
最後に
これは決して規模感の問題ではないはずです。
商店街の小さなお店や、小さなアトリエで日々淡々とモノづくりをしているクリエイターさんやアーティストさんであっても、「好き」の先にしっかりと見据えているものがあれば、十分尊敬に値すると思います。
デカイことをやろうとしている人間が、偉いというわけではありません。志しの問題です。
ネットの発達や社会背景の変化によって、世の中の細分化がドンドン進み、小さい“なりわい”が数多く生まれてきました。本当に好きなことをして生きていくことができるようになった時代です。
参照:次世代を生きる若者が、好きなモノに囲まれた人生を送るための唯一の方法。 | 隠居系男子
自分の好きなこと突き詰めた結果、その行き着く先が何なのか、それを今一度真剣に考えてみるべきタイミングが今なのではないでしょうか。
行き着く先が「世のため人のためになるのかどうか。」もっと極端に言ってしまえば「宇宙本来の面目である進化と向上に順応するかどうか。」です。
すでに一歩踏み出した人も、これから新しい一歩踏み出そうとしている人にも、今日の記事が何かしらの参考になれば幸いです。
それでは今日はこのへんで。
ではではー。