どうも鳥井(@hirofumi21)です。
最近、雑誌が更にウェブ化してきたなーと感じます。
ウェブと同じように、縦スクロールで読ませれているような感覚になりやすいです。
ウェブの場合は無限大に広がっていく空間なため、四方にとっ散らかってしまうと非常に読みづらくなってしまう。だからこそ進む方向は下だけにして、縦スクロールの世界で読ませたほうが圧倒的に読まれやすいです。それは間違いありません。
「今ここだけを読めばいい!」という閉鎖的空間に読者を連れて行くことが何よりも重要です。
雑誌の縦スクロール化
しかし、最近は雑誌もそういった作り方になってきているんです。「◯◯でやりたい◯つのこと」とかまさにそう。
たとえば、&PREMIUMの「スタイルを持つ、ということ。37のヒント」
TRUNKの「この夏したい100のコト!」もそうです。
雑誌ってもっともっと文字通り“雑”でしたよね。自分が何の特集を読んでいるのかわからなくなるというようなこともよくありました。
でも、今は読み手がウェブに慣れすぎてしまっているせいなのでしょう。本来“雑”だったはずの雑誌も、縦スクロールの世界へとドンドン移行してきています。
日本全国、どこもかしこも縦スクロール
そんなふうに考えてくると、日本全国で「縦スクロール」現象が起きているように感じます。(ちょっと大げさかもしれませんが…)
「ここはこういけ!これはこう食べろ!ここでこれを買うのが本物だ!」日本中の提案が全て縦スクロール化している。観光地の「順路」とかもまさにそうです。正解の流れは一つしか存在しなく、それに従って粛々と進んでいくのが何よりも正しいのだという主張が至るところでなされています。
「ストーリーマーケティング」などもそうかもしれません。誰かの人生だったり、唯一無二のストーリー(けど全部似通っているもの)を0から10まで共有させられ、ファンになっていくという。
ネットが発達したことによって多くの情報が発信されるようになりました。それによって趣味趣向自体はものすごく細分化したんですが、逆に情報が多くなりすぎて、「これはこうなんだ!」っていう押し付けが以前にも増して強くなってきたような気がします。
受け手の側も、自分の浅はかな知識が露呈することを恐れたり、SNSなどで身近になってしまった古参の存在に恐れて、彼らが提案する「正しいお作法」に従ってしまっているという…。
「センス」とか「ライフスタイル」とか「ストーリー」とか今っぽい言葉に色々と置き換えられてはおりますが、結局はルールやマナーなどを提案しているだけのようにも感じてしまいます。
最後に
「神は細部に宿る。」
たった一箇所、何の変哲もない場所に突如現れたモノに惚れ込んでしまうということは、誰しも一度は経験したことがあると思います。
そんなあなたの神様は、誰かが提案した縦スクロールの世界には存在しないはずです。
本当は、もっともっと雑多の中に隠れているんじゃないのかなぁーと。
だからこそ、縦スクロールの世界では決して表現できないような雑な世界も、もっと残っていけばいいのにと。
縦スクロールの世界で生きている人間だからこそ、なんだか最近そんなことを考えてしまいます。
それでは今日はこのへんで。
ではではー。