「戦わずして勝つ」ために、自分の中にある好戦性を認めよう。

先週末、こんなツイートをしてみました。


自分の中にある「好戦性」に気がつくことが大切。

一連のツイートを読んで「私だって、戦いたくて戦っているわけじゃないんだ…!」って思う方もいるかもしれません。

でも意外と思われるかもしれませんが、人間誰しもが「好戦的な一面」を持ち合わせているんだと思います。

まずはその事実を認めないといけない。

好んで戦場に出向いているわけではないと言いつつ、結局その場に足を運んでいるのは自分自身なわけだから。

「なんだこのやろう…!」と、案外すぐに腕まくりしてしまうのが人間なのだと思います。

もちろん僕だって例外じゃない。

その自分の中にある「好戦性」に気がつくことが、まず大切なのだろうなあと。

戦うことはあくまで手段。本当の目的は別のところにあるはず。

その上で、もうひとりの自分が「本当にこの戦いは必要なのか…?」ってことを常に考える。

もちろん、戦うことそれ自体が目的なのであれば、「戦う」という選択肢を選んでもいいのかもしれません。

「戦うこと自体が目的なんてあり得るのか…?」と思うかもしれませんが、強くなりたいとか、軍事産業のためとか、いろいろとあるんだと思います。

だから、いまだに世の中から戦争(戦い)はなくならない。

でも自分にとって、戦うことはあくまで「手段」であり、本当の目的として実現したい世界観がその先にあるのであれば、戦場に向かおうとしている自分に気が付き、「戦わずして勝つこと」に徹しないといけないんだと思います。

最後に

何度も繰り返しますが、そのための作業は本当に地味なことばかりです。

決して派手なことではありません。

多くの人が望むような「栄光」や「名誉」が手に入れられるわけでもない。

それでも自分にとって挑戦する価値があると思えるかどうか、逆に言うとそれが分岐点でもあるのかもしれませんね。

いつもこのブログを読んでくださっているみなさんにとって、何かしらを考えるきっかけとなったら幸いです。

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