いやー、久しぶりにいい記事読んだ!!どうも鳥井です。
今回は、この前Twitterでもつぶやいたように…
良記事すぎる。“なぜこの特集を「いま」やるのか、その理由付けをすごく大事にしているんです。”:東京編集キュレーターズ : BRUTUSが陳腐化しない理由とは? 西田編集長に聞いてみた http://t.co/d9mIuHfalq
— 鳥井 弘文 (@hirofumi21) September 5, 2013
東京編集キュレーターズ : BRUTUSが陳腐化しない理由とは? 西田編集長に聞いてみたを読んでみて、非常に衝撃を受けたので、自分なりに思うところを書いてみます。
BRUTUS(ブルータス)とは
BRUTUSは、メンズ雑誌やカルチャー誌売り場のところにある非常な有名な雑誌なので、皆さんご存知だと思います。
女性の方でも、その表紙ぐらいであれば観たことある方が多いはずです。
僕はこの雑誌の“在り方”がずっと不思議でした。なぜなら、その特集の幅があまりにも広いから。
シーズンごとにファッション特集を組んだり、NYの街歩きをテーマにしたかと思えば、日本の文学や、この前このブログでも紹介したように日本の村について特集をしてみたりする…。
今、日本の村を巡る旅がしたい。奈良県天川村に惹かれて。 | 隠居系男子
これだけ幅が広くても売り切れてしまう号は、本当にすぐに店頭からなくなってしまいます。
一体、この雑誌がどういった思想のもと作られているのか、ずっとずっと疑問でした。
BRUTUSの読者は2通り存在する
まず、BRUTUSの読者というのは2通り存在するようです。以下引用してみます。
BRUTUSには、「BRUTUSなら何でも買う人」と「特集によって買う人」がいます。特集によって買う人ばかり狙っていると、上の層が逃げてしまいます。たとえば売れるからといって「タレント」ものの特集のような企画ばかりをやっていると、前者のファンに逃げられます。
これって実は、ものすごくブログ的ですよね。RSSやTwitterでフォローしてくれて、毎回必ず読んでくれる人もいれば、題名が面白そうな時だけ読むっていう人もいる。
そして、後者に媚を売りすぎて「話題のネタ」ばかり書いてしまうと、毎回読んでくれている人達が離れていってしまうというところも…。
だから、このBRUTUSの思想は、ブロガーにもかなり有益では?と僕は思うわけです。
三種類存在するBRUTUSの企画
では、どのようにこの配分をしていけばいいのか、これが多くの方の悩ましいところであると思います。それに対して西田編集長は以下のように答えています。
号ごとのBRUTUSの企画は3種類に分けられます。1つは「売るためのBRUTUS」。これは「猫特集」みたいに必ず当たる確信があるものですね。2つ目は「広告を取るためのBRUTUS」。最後は「色を出すためのBRUTUS」です。僕は新人の頃から3つ目、「色を出すのだけをやれ」と言われてきました。
実際に作る特集はこの3つの区分できれいに分類できるわけではありません。この3つの要素がグラデーションのように重なって入っているのですけど、実験号のような、今までにない号を出すときには、この考え方で整理することが支えになっています。
何事も行き着くとこまでいっちゃうとブランドになります。読者も気にかけてくれて、クライアントからも信頼される。つまりは、行き着くべき目標は「愛されキャラ」なんです。
そう、これなんです。
よく、「ブログの書き方」なんかでバズっている記事をみると、この配分が◯対◯対◯みたいに具体的な割合が書かれていたりするんですが、本当はそうではないと。
3つ目の「色を出すのだけをやれ!」これが正解なんだと思います。
もちろん、西田さんがいうように、これらはグラデーションのように重なっているので、それだけでひとつの記事が書けるわけではありません。しかし、ここを意識しておくことが何よりも大切!
「これは、売れるモノ(PVがとれるモノ)だから!」って割り切って書いてしまうと、途端どこにでもあるチープな記事になってしまう。
今話題のネタだからこそ、「自分が書くなら、こんな色が付けられる!」っていうことを常に意識する、それが大切なんだと思います。
なぜこの特集を「いま」やるのか、その理由付けを大事にする。
「ウェブと雑誌の根本的な違い」を指摘するところの話も非常に面白かったです。
そういえばこの前、某企業の某社長さんが、とあるインタビュー番組で以下のように言っていました。
「iPadを触った時にピンときたんです、これからは電子書籍の時代が来ると!だから僕は、ネットで雑誌を作ろうと思いました。表紙も一流の女優さんや俳優さんを使って、編集者は某有名雑誌の編集長を連れてきた!」と。
これを聴いた時、自分は愕然としました。「おい、それ本気で言ってんのか!?」と…。
そもそも雑誌とウェブって根本的に全く性質が異なるものなのに、同じものを作りあげようとしてもそれは意味を成さないだろうし、なにより全くワクワクしない。
更に、紙の雑誌媒体で過去に成功体験を持っている人を連れてくるなんて、焦点ズレまくりだなと。
この点、西田さんは以下のように述べています。
なんでもフラットに並べられてしまう、ウェブのアーカイブ性は雑誌づくりには向いていません。電子書籍の会社がBRUTUSのコンテンツが欲しいと訪ねて来たとき、僕は「いまの号は半額でいいから、過去の号は1500円にしてくれ」と言いました。過去の号が検索に引っかかって売れても嬉しくありません。でもいまのBRUTUSは300円でもいいから読んでほしい。なぜこの特集を「いま」やるのか、その理由付けをすごく大事にしているんです。これは、わざわざ外部には言ってないことなんですけれど。
雑誌の七不思議のひとつに、「それが最新号ではなく、一つ前の号だとわかった瞬間、途端それが古めかしく感じてしまい読む気が失せる」って言うのがあると思うんですが、これは僕だけでしょうか…。ウェブコンテンツの場合であればあまりそんな風には思わないのに…。
「最新号だから意味がある!今本屋に並んでいる号だから、純粋に読みたいと思える!」っていうのはあると思うんです。
Kindleで本は読もうと思うけど、マガストアとかで雑誌を読みたいとはあまり思わないっていうのも、こういう要因があるのではないかなと。
最新号をアーカイブと一緒に並べられてしまって、しかも同じ値段で販売されたら、そりゃ魅力は半減してしまって当然ですよね。
西田さんの話を聴いて、「雑誌媒体がウェブに向かない理由」がやっと腑に落ちた気がしています。
まとめ
この記事の最後に取り上げられている詩の部分も非常に素晴らしいのですが、ここは自分で直接読んでみてください。
この記事を頭から最後まで読んでこそ、この良さが伝わってくると思うので。
メディアを作る、ブログを書く、SNSを更新する、何をするにおいても、人様に読んでもらうことを目的として、それに真剣に取り組んでいるのであれば、今回のこのBRUTUSの記事は非常に参考なると思います。
是非皆さんも自分の表現活動の中で、このBRUTUS流の編集方法を取り入れてみてください。
それでは今日はこのへんで!
ではではー。
鳥井弘文
その他「書くこと」についての記事はこちら
田端信太郎著『MEDIA MAKERS』を読んで考えてみた。有料メルマガの次なる一手。 | 隠居系男子
伝わる文章の書き方は『20歳の自分に受けさせたい文章講義』に学べ。 | 隠居系男子