3年前にこんな記事を書きました。
参照:人を集めるだけが編集じゃなくて、人を遠ざけることも編集。 | 隠居系男子
この記事を公開した当初は「人を遠ざけるって何の話…?」とキョトンとされることが多かったのですが、近頃は共感される機会が増えてきました。
今日は、最近考えていることを少しだけ付け加えておきたいなと。 続きを読む
3年前にこんな記事を書きました。
参照:人を集めるだけが編集じゃなくて、人を遠ざけることも編集。 | 隠居系男子
この記事を公開した当初は「人を遠ざけるって何の話…?」とキョトンとされることが多かったのですが、近頃は共感される機会が増えてきました。
今日は、最近考えていることを少しだけ付け加えておきたいなと。 続きを読む
昨日、ものすごく共感したツイートがありまして。
怒らなければうまくいく。最近つくづくそう思う。怒らせるようしかけられても、怒らなければ、冷静な判断力は奪われない。たとえ怒ってしまっても、その怒りを人に向けない。空に向かって叫ぶなど、いったん沈める。1回1回のりこえると、本当によかったと思い、さらにできるようになる。自信も湧く。
— 山田ズーニー (@zoonieyamada) 2018年6月27日
全く別の文脈で、僕はこんなツイートをしていました。
何かふたつの選択肢で悩んだとき、コストや労力を一切抜きにして「どちらがよりワクワクするか?」という基準でこれまで選んで来たんだけど、最近はそれに加えて「どちらがより胆力を試されるか?」という判断基準が加わってきた。ただ、この感覚ってなかなか言い表し難い。伝わる人に伝われば嬉しい。
— 鳥井 弘文 (@hirofumi21) 2018年6月27日
このときは気が付かなかったのですが、「胆力を試される ≒ 怒りに耐えられるか」ということなのかもしれません。
今日はそんなお話を少しだけ。 続きを読む
最近、こちらの書籍を読みまして。
どの対談も非常におもしろい内容なのですが、特にグラフィックデザイナー・原研哉さんと菅付雅信さんの対談がおもしろかったです。
今日はその内容のご紹介と、自分の感想を少しだけ。 続きを読む
昨日は、Waseisalonと、伊佐知美が主催するコミュニティ「#旅と写真と文章と」の両コミュニティメンバーさんの退職祝いでした。
今回は、そこで気がついたことを少しだけこのブログにも書き残しておこうかなと。 続きを読む
スタートして約2ヶ月が経過した「Wasei Salon」。
参照:招待制オンラインサロン「Wasei Salon」を始めます。 #waseisalon | 隠居系男子
「具体的に何をやっているの…!?」と聞かれる機会も徐々に増えてきました。
いま実際に動いているプロジェクトに関しては、コミュニティマネージャーである長田さんの下記の記事を読んでいただけると嬉しいです。
7月2日の月曜日にサイボウズ式第2編集部のみなさんとWasei Salonで、コミュニティコラボ勉強会を開催します。
テーマは「今こそ、コミュニティという新しいチームのあり方を考えよう。」
今日はその告知になります。 続きを読む
昨日、明治大学・鞍田崇先生の授業「ローカルスタンダードをデザインする (環境人文学I)」でゲスト講師を務めてきました。
「ボクが『灯台もと暮らし』を立ち上げた理由」というテーマでお話させていただきました。
今日はその感想を少しだけ書いてみようかなと。 続きを読む
昨日、こんなツイートをしてみました。
コミュニティを始める時、どうしても「◯◯が大好き!」っていう人たちの熱量を集めようとして、コンセプトや仕組みなんかも既に好きな人たち向けに設計してしまいがちなんだけど、実は「これから◯◯を好きになりたい!」という人たちに向けて設計したほうが、ドライブがかかる気がしていて。
— 鳥井 弘文 (@hirofumi21) 2018年6月19日
なぜなら、既に楽しみ方を知っている人同士を繋げても、既に自分なりの楽しみ方を確立している人たちだから、その楽しみ方も違うし、レベル感も異なるから。でも、これから好きになりたいと思っている人はそうじゃない。一方、好きになりたいという明確な意志はある。その意志が人を動かすのかなと。
— 鳥井 弘文 (@hirofumi21) 2018年6月19日
先日ふと思ったのですが、これからのメディアにおいて重要になってくるのは「toC」のコンテンツでもなく、「toB」のコンテンツでもなく、「toV」のコンテンツなのかもしれないなと。
ちなみに「toV」は、いま僕が勝手につくった造語であり「to Vibes(バイブス)」の略です。
今日はそんなお話を少しだけ書いてみようかなと。 続きを読む
昨日、SUSONOとWaseisalonどちらにも所属してくれている木津さんのブログを読んでこんなツイートをしてみました。
最近、僕のまわりの若くて感度の高いひとたちがみんな、口をそろえて「群れずに群れたい」とか「属さず属したい」って言っているの、おもしろい。僕らより上の世代だと、どっちかに振り切っているひとが多いから、この感覚は何なんだろうなあって思いながら、観察してる。 https://t.co/g3XEkUrltq
— 鳥井 弘文 (@hirofumi21) 2018年6月17日
引用RTで多くの方が自分の意見を表明してくださって、本当にとっても参考になりました。どうもありがとうございます。
今日は少しだけ自分の意見も書き残しておこうかなと。 続きを読む
昨日のWasei Salonの集まりで、えぶり号で日本全国を巡っているEVERY DENIMの山脇さんが「関係性」という言葉を最近各地で耳にするようになってきたという話をしていました。
このお話がすごく興味深かったです。
コミュニティの流れもそうだけど、きっとこれまでの「個人」にスポットライトが当たるという流れから、徐々に個人と個人の間にある「関係性」のほうに注目が移り変わってきているのかもしれないなあと。
では、なぜいま「関係性」に移り関わってきているのか?
僕はその理由が2つあると思っていて、ひとつは「嘘がない」こと。そして、もうひとつが「そこにドラマがあるから」です。
今日はそんな話を少しだけ書いてみようかなと。 続きを読む
昨日こんなツイートをしてみました。
フリーランスやプロジェクト単位での働き方が当たり前になりつつある昨今、次はいかにおもしろい“ごろつき”が溜まれる場所をつくるかが重要になってくると思うんだ。雇用されているからそこに居る、というよりも、特に目的もないけれど(←ココ重要)自分からすすんでそこに居る、というような。
— 鳥井 弘文 (@hirofumi21) 2018年6月13日
これまでも日本の歴史の中でそういった場所というのはたくさんあって、そこから生まれてきた文化は山ほどあると思うんだけど、次の時代はオンラインといかにうまく繋げられるよう設計できるかが重要になってくるんだと思う。次の時代のおもしろいカルチャーは、そういった場所から生まれてくるはず。
— 鳥井 弘文 (@hirofumi21) 2018年6月13日
大切なのはやっぱり、イケてる“ごろつき”が自然と集まっていること。人間として「おまえホントにどうしようもないヤツだな…!」っていうような指摘をされるような人柄であっても、なぜかまわりから愛されていたり、突然めちゃくちゃ良いことをポロッと口に出すヤツが自然に居座っていると最高。
— 鳥井 弘文 (@hirofumi21) 2018年6月13日
これはもう確信に近いのですが、残念ながら誠実で真面目な人間だけが集まったところで、おもしろい文化は生まれてこないんです。#Waseisalon で招待するメンバーを考えていたときも、実はこれを相当意識しました。誰がそうだとは言わないけれど、全体の2割ぐらいは必ずヤバいやつを入れようと。笑
— 鳥井 弘文 (@hirofumi21) 2018年6月13日
今朝こんなツイートをしてみました。
「商品の質が高い」の“質”ってなんだろう…?最近の若い人たちにとって、どれだけ物自体の質が高くても、その生産背景やエンドユーザーに届くまでの過程のどこかに搾取構造があれば、それは「商品の質が高いとは言えない」に変わってきているような気がします。:UMS主義者 https://t.co/SaXaFybl47
— 鳥井 弘文 (@hirofumi21) 2018年6月13日
商品それ自体の質はもちろんのこと、その製品ができるまでの過程や、そこに携わっているひとたちの納得感や満足感が満たされてこそ、質が高いということである、という認識に変わってきているんじゃないだろうか…?消費者である自分だけが納得感や満足感があればそれでいい、ではなくなってきている。
— 鳥井 弘文 (@hirofumi21) 2018年6月13日
この本当の意味での「質の高さ」を、本気で追求しているのが、イケウチオーガニックさんや群言堂さんや、坂ノ途中さん。だから僕はこの3社を全力で応援したいと思っているし、この価値観がゆるやかに広がっていくことを願っています。
— 鳥井 弘文 (@hirofumi21) 2018年6月13日
以前、「灯台もと暮らし」で特集させてもらった青森県十和田市。
きっとあなたも夢中になる。“好き”が探求できる、大自然とアートの街へ【青森県十和田市】特集、はじめます。 | 灯台もと暮らし
今年はさらにパワーアップをして、新しい取り組みを2つ行います。
今日はその告知記事です。 続きを読む
最近よく思うのです。
黙ってまわりと同じように有料会員制のオンラインサロンをやればいいものを、なんでわざわざ無料の招待制オンラインサロンなんて始めちゃったのかなと。
きっと、去年の年末に『七人の侍』を観ちゃったのがよくなかった。あれが全ての始まりだったのかもしれないなと。 続きを読む
最近よく思うんです。
これだけすべてのモノがアマゾン化・アンビエント化してくると、残酷だけど、自分のアイデンティティだと信じていたものが、実はそうではなかったと気づく瞬間が必ず訪れるなと。
たとえば、多くの昭和生まれ世代の人たちにとって、遅かれ早かれ「音楽」と「ファッション」はそう思わされる対象だったんじゃないのかなと。
UNIQLOやH&Mのようなファストファッションの普及や、最近だとZOZOスーツの登場、AppleMusicやSpotifyのような定額サービスの進化によって、ここ十数年で「ファッション」と「音楽」はどちらも、アマゾン化とアンビエント化が急速に進んだ代表格です。
僕自身も、10代の頃は自分は音楽が好きだと勝手に思い込んで、MDに自分の好きな曲を詰め込んで、一文字ずつタイトルを打ち込んでいた時期もありました。
しかし、iPodが登場し、それがiPhoneに統合されて、これだけ音楽がアンビエント化してくると、自分のアイデンティティに紐付いているなんて、到底言えません。
だって、全力でラクしてしまっているから。 続きを読む
今朝こんなツイートをしてみました。
自分が何に対してだったら「矢面に立つ勇気」を持つことができるのか、それを見つけることができると、人生はより楽しくなる。ヒト・モノ・コト何でもいい。挫けそうになったときも「◯◯のためだったら」って思えるものがあると、人は強くなる。
— 鳥井 弘文 (@hirofumi21) 2018年6月7日
ヒラクさんだったら菌だし、伊佐だったら旅だし、僕だったらWaseiに携わってくれる人々。そのためであれば、普段は億劫がって絶対にやらないようなことでも、一歩前に踏み出そうと思えるから、やっぱり「矢面に立つ勇気」の効力はすごい。
— 鳥井 弘文 (@hirofumi21) 2018年6月7日
関連記事:矢面に立つ勇気。 | 隠居系男子
ヒラクさんとのリプライのやりとりも。
ホントそうなんですよね。何かを背負い込むことって一般的にはネガティブなイメージありますけど、自ら進んで背負ってしまえば、実はちょうどいい重しになったりするんですよね。
— 鳥井 弘文 (@hirofumi21) 2018年6月7日
うわあ、めちゃくちゃわかります!それはこれからとても大切になってくる視点ですよね。きっと多くのひとたちはそれを見つけることができず、でも自由すぎるフワフワもあまりに辛いから、宗教のようなものにその「ちょうどいい重み」を求めていくようになるんでしょうね。
— 鳥井 弘文 (@hirofumi21) 2018年6月7日
今朝、こんなツイートをしてみました。
「結果を出すこと」って、本質から逃げずに真正面から向き合っていることの代名詞みたいになっているけれど、僕は「結果を出すことに逃げる」ということもあり得ると思っています。いつだって、自分の納得感を一番大切にしていきたい。
— 鳥井 弘文 (@hirofumi21) 2018年6月6日
だからこそ、僕は自分の納得感を一番大切にしているひとを応援したいと思っています。
でも、みなさんご存知のように「自分の納得感」ってものすごく脆いものなんです…。
ただ単純に結果を出しているだけのひとたちにマウントを取られたら、ひとたまりもありません。すぐに崩れてしまう可能性がある…。 続きを読む
「なぜ、Wasei Salonをつくったんですか?」と聞かれる機会が増えてきました。
表向きの理由は、以前このブログにも書いたような理由からです。
参照:招待制オンラインサロン「Wasei Salon」を始めます。 #waseisalon | 隠居系男子
でも一番の理由は、単純に僕が欲しかったんだと思います。
厳密に言うと、23歳〜26歳ぐらいのとき、自分が一番悩んでいたときに欲しかったのが、まさにこういったコミュニティでした。 続きを読む
先週の水曜日、「#mediacruise」のイベントに参加してきました。
そこでとてもハッとしたエピソードがありまして。
dripの堀口さんがご紹介してくれた「bowl」さんというセレクトショップのお話です。
堀口さんが教えてくれたこのお話、本当にすごくカッコいいなあ。 #mediacruise https://t.co/IO9bdBDPfn pic.twitter.com/znQPaSPTiY
— 鳥井 弘文 (@hirofumi21) 2018年5月30日
今朝こんなツイートをしてみました。
「人生は配られたカードで勝負するしかない」という言葉の意味を「ありのままを受け入れろ」っていう意味で捉えている人って多いと思うのですが、僕は「そのカードが持っている意味を徹底的に理解した上で、その“切り方”を全力で考え抜け!」っていう意味だと思っています。
— 鳥井 弘文 (@hirofumi21) 2018年6月1日
大富豪で3が配られてしまったのであれば、革命を仕掛けてからそのカードは切るべきだし、ジョーカーを持っているのであれば、そもそも「ババ抜き」というゲームに参加するべきじゃない。そうやって「自分に配られたカードを最大限活かせる状況を自らで作り出せ!」っていう意味で僕は捉えています。
— 鳥井 弘文 (@hirofumi21) 2018年6月1日